【ジェラート職人という仕事(開店経緯②)】の続きとなります。
私は今まで、オーストラリアの苺農園と神戸のトマト農園に従事した経験があります。
今回は、オーストラリアの農園で初めて農業に携わったときの事について書いています。
当時、苺農園で従事したのは、農作物に興味があったというわけではなく、オーストラリアでの労働に興味をもった事がきっかけでした。
また、バブル状態のドル高だったオーストラリアで働き、世界一周後に始める事業の元手の一部にしようとも考えていました。
そこで、知人からの紹介により働く事になった場所がクイーンズランド州のストロベリーファームでした。
働いていた苺農園は、地方の片田舎にある苺の名産地です。
そのエリア一帯には、数えきれないほどのファームが点在しています。
この農園は、大手スーパーにも苺を出荷しており、大量生産を得意としていました。
とにかく量を取るために多くの従業員が必要となります。
農園主は、運営を中間業者に任せていて、私はそこに属しているという形でした。
中間業者もできるだけ多くの量を取って利益(コミッション)を取りたいという意図があり、従業員の給料も歩合制です。
従業員も同じように量を取って稼ぎたいという気持ちがあり、ある程度熟すと収穫します。
毎日夜明けと同時に農作業が始まり、ボスと呼ばれる指揮官から「Check under the leaf! Don’t miss anything!(葉っぱの下を確認しろ、採り損ねるな!)」という怒号が飛び、夜まで続きます。
苺は寒暖差や日当たりの違いにより、うま味や成長具合が左右されます。
クイーンズランド州は、朝晩の寒暖差が激しく、温度調整や日差しは自然に任せていました。
ビニールハウスや日よけなどはなく、私達従業員はもろに直射日光や豪雨を受け、泥と日焼けで顔と体が真っ黒になっていました。
大変な思いをして収穫する苺は、出荷先であるスーパーで安価な価格で販売されています。
働く側としては少し複雑ではあるものの、そのおかげで消費者も気軽に苺を購入する事ができます。
全ての消費者が高品質なものだけを求めているわけでなく、あらゆる用途や消費者によって異なる需要があり、それに対応する生産者も絶対に必要です。
どの産業でも「こだわりの~」という言葉を耳にしますが、もし何もなければ直ぐに淘汰されるものですし、拘りにも色々な種類があり、この農園のように大量生産に特化するという事も『拘り』の一つだと思っています。
農業の厳しさを知ったと同時に、このような生産者様がいるおかげで、日本でも私たちの食生活が滞ることなく、上手く循環されているという事を改めて実感しました。
ちなみにこの農園では、敷地内にある簡易的な仮設住宅に寝泊まりしながら農作業をしていました。
建屋内には、Wi-Fiは勿論、エアコンもなく、シャワーは6分で自動的に水が遮断され(その後6分再起動しない)、最寄りのスーパーまで1日1便のバスで40分以上かかるという限界集落で生活していました。
しかし、同じ建屋に住んでいた外国人の同僚らが本当に良い人達で、とても思い出になっています。
【生産者で異なる素材の個性(開店経緯④)】に続く